「必ずいつかは死ぬ。だから精一杯生きよう」日航機墜落、亡くなった3人の教諭

学級日誌に残したメッセージが、生徒たちの混乱を鎮めた

  •  日航機墜落事故で犠牲となった3人の教諭の慰霊碑に手を合わせる親和女子高の元生徒ら=7月、神戸市
  •  日航機墜落事故で犠牲となった3人の教諭の遺影前に集まった親和女子高の元生徒ら=7月、神戸市
  •  「御巣鷹の尾根」に向かう登山道が開通し、水落哲子さんらの墓標の前で手を合わせる元同僚や生徒=4月、群馬県上野村
  •  遺体安置所に置かれたひつぎ=1985年8月16日、群馬県藤岡市
  •  「御巣鷹の尾根」にある親和女子高の教諭3人の墓標=4月、群馬県上野村

 1985年8月中旬、教諭になって4年目だった井坂かおるさんは飛行機に乗っていた。家族旅行で行ったアメリカから帰る途中だ。旅行中、日本では大変なことが起きていた。羽田発大阪行きの日航ジャンボ機が群馬県...

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