【東日本大震災13年】食がつなぐ、港町とアジア

外国人、復興と共生担う 震災被災地・気仙沼

  •  「アジアカフェ」の旗を掲げる主催NPO法人スタッフと、アーティストの門脇篤さん(中央)=1月、宮城県気仙沼市
  •  「アジアカフェ」でナシゴレンを食べる参加者=4月、宮城県気仙沼市
  •  「アジアカフェ」でアボカドジュースを作った実習生のバガス・スルヤ・ヘリアンダさん(左)=4月、宮城県気仙沼市
  •  宮城県気仙沼市、仙台市、岩手県

 東日本大震災で被災した宮城県気仙沼市で、多文化共生の輪が広がりつつある。人口減少と高齢化が進む港町で、外国人はこの10年で増え、復興を支えた。11日で震災から13年半。港町の住民と、インドネシアを中...

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