何年か前に徳田秋声(1871~1943)の年譜を見ていたら、1906(明治39)年のところに、『老音楽家』を雑誌『文芸倶楽部』に発表したと書いてあった。題名に興味を誘われ、この作品が収められた『秋聲集』(1908年、易風社刊)を国立国会図書館のデジタルアーカイブから引き出して読んでみると、以下のような内容だった――。
大道でヴァイオリンを弾き、銭を乞うている老人がいた。何の脈絡もない支離滅裂な音を出しながら。そこへ来合わせた一人の男が彼に関心を持ち、後日住まいを訪ねて半生の物語を聞く……。文章を追っていくにつれ、どこかで読んだことのある話のように思えてきた。そのうちに気がついた。フランツ・グリルパルツァー(1791~1872)の短篇小説『ウィーンの辻音楽師(1847年)の翻案ではないか。舞台が日本に移され、当然、登場人物の名前も違っているが、筋立ては全く一緒と言っていい。今回はこの2作を読み比べてみたいと思う。
さて、グリルパルツァーとはどんな作家だろう。岩波文庫の『ドイツ文学案内』(手塚富雄著)によれば「オーストリアの最大の劇作家」だという。しかし日本では『ウィーンの辻音楽師』の作...