海潮音 2024.3.24

 梶井基次郎の小説「檸檬(れもん)」は100年前に書かれた。死の病と向き合う「私」の苦悶(くもん)と、レモンに触発された現実逃避の浮浪をつづる。梶井は31歳で早世した。不遇だったが、珠玉の一作は生気にあふれ、読み継がれている◆文壇では川端康成と深く交遊した。才気ほとばしる梶井は信頼を得て、あの「伊豆の踊子」の校正を任される。手紙の達人だった川端をして「梶井基次郎君はいい手紙を書く」と言わしめるほど、一目置かれた◆時代を超えて「檸檬」は人々を感化した。米子市の文筆家、遠藤仁誉さん(91)は「檸檬を読んで人生が決まった」という。戦後社会の価値観が一変し、鬱屈(うっくつ)した心情が梶井と重なる。そんな折「檸檬」に共感し、気持ちの整理がついた◆影響を及ぼしたのは読者だけでない。京都の書店「丸善」を一躍有名にした。レモンを爆弾に見立てた結末の舞台である。先日、レモンを握り締めて丸善に行った。河原町通のビル地下に店を構え、一角に檸檬コーナーが設けてある◆備えられた果物かごに持参のレモンを納めた。店内のカフェでは檸檬ケーキをいただく。ゆかりの地でささやかな愉楽である。きょうは梶井の命日「檸檬忌」を迎えた。不世出の文豪に手向けて、かごはレモンで満杯になるという。(長)

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