「教団に帰りたがっても、親には会いたがらなかった」サティアンから救出の53人は、真っ白な顔で無表情だった

「オウムの子」受け入れた児相の3カ月(上)【地下鉄サリン事件30年】

  •  オウム真理教施設から、山梨県中央児童相談所に一時保護される信者の子ども=1995年4月14日
  •  オウム真理教施設から保護した子どもたちと共に過ごした元児相職員の保坂三雄さん=2025年3月、山梨県甲府市
  •  山梨県上九一色村に建つ「第2サティアン」(右)などのオウム真理教施設=1995年2月
  •  2歳ぐらいの子供の手を引き「第6サティアン」から出てきた女性信者=1995年3月、山梨県上九一色村
  •  「第10サティアン」から保護された子供たちを返すよう要求するオウム真理教の信者たち=1995年4月14日、山梨県上九一色村(画像を一部処理しています)

 「子どもたちはとにかく臭かった。足は真っ黒で、身体も汚れていた。風呂に入っても身体の洗い方を知らないのか、湯船で突っ立ったままの子もいた。パジャマに着替えるのも嫌がった。サティアンでは、風呂は2週間...

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