パンパンパン、パパンパンパン、ドンドン、ドーン、ドーン――。
がいな祭のラストを飾る花火を、ミチルはラ・マンチャⅡのテラス席から見ていた。隣には音羽と母の由美子がいる。大玉が連打され、色とりどりの花火が夜空と中海の湖面を染めると、まわりから大きな拍手が上がった。
「音ちゃん、どうだった? きれいだった?」
祖母に聞かれて、
「うん、パーって開いてお花みたいだった」
音羽が両手を広げて答える。ミチルの眼裏にも、大輪の花々の残像がある。
こんなにゆっくりと、しかも間近で花火を見るのは何年ぶりだろう。年々上がる数が増え、スケールも大きくなっているとは聞いていたけれど、本当にすごい。
「ただいまより、メッセージ花火を打ち上げます」アナウンスの声が響いた。
「メッセージ花火って何?」
母に聞いてみたが、「さあ、私も花火は何年かぶりだけん、わからんわ」と言う。
最初に上がったのは、誰もが知っている会社のロゴマークだった。それがいくつか続き、「なるほど、CM花火か」と思っていると、ハートの中に「ルリ」の文字が入った花火が上がった。
「何これ」「プロポーズかもしれんね」「やだ、めっちゃ恥ずかしい」
母とそんな会話をしながら見ていたミチルは、何発目かの花火に自分の名前があるのを見て、のけぞりそうになった。
「ママ、ミチルだって!」音羽が声を上げ、母が「なんで?」という目でこっちを見る。「いや、わたしのことじゃないから。たぶん……」ミチルはあわてて手を振った。
実際その花火は、誰から誰へのメッセージなのかアナウンスされなかった。匿名希望というやつだ。でも、もしかして大河から? と思う。このテラス席を確保してくれたのも、あのメッセージ花火を見せたかったから――?
2か月半前、彫刻ロードの藤棚の下で、大河は10年前のつらい記憶を話してくれた。たぶん、本当に忘れていたんだと思う。そういうことって実際にあるし、彼は忘れたふりなんかできるタイプじゃない。
「あんな後悔はしたくないんだ。おれ、矢野さんとずっと一緒にいたい……。いま言わないと、きっとあのときと同じ後悔をする……」
これまで見た中で一番真剣そうな顔をして、大河はそう言った。
「わたしは、かわいそうな仔猫じゃないよ」
「ごめん……」
「謝らないで。ほんとはうれしいの。この何か月か、ずっとしんどかったから……。わたしもこの先、田所くんが傍にいてくれたらいいなって思ってる」
「ほんとに?」
「ほんとに」
ミチルも、これまでになく素直な気持ちでそう言えたのだった。
音羽を母に連れて帰ってもらったミチルは、近くのシアタールームで大河の仕事が終わるのを待った。客席30ほどのシアタールームでは、中海が再生するまでのドキュメンタリーが上映されていた。わたしが生まれた頃の中海はかなり汚かったんだな、と思う。
午後11時を過ぎると、人で埋まっていたウォーターフロントもひっそりと静まり返った。大河とふたり、米子駅へ向かって歩く。
「さっきの、あの花火って……」
ミチルが言うと、
「うん。照れくさくて、メッセージはやめたんだけど……」大河は頭を掻きながら答えた。
「びっくりした。田所くんがあんなことするなんて思わないから」
「あ、さそり座のアンタレスだ」
大河は、夜空を見上げてぜんぜん違うことを口にした。南の空に赤く輝く星が見える。
「でも、ちょっとうれしかったかな」
そう言った途端、ふいに左手を握られて、ミチルは一瞬立ち止まった。じんわりと熱が伝わってくる。
「今夜は、わりと星がよく見えるけど、目に見えない星も、実はいっぱいあるんだよね」
「目に見える星のほとんどは、自ら光を放つ恒星だって聞くよね」
「宇宙には、人の目に見えない星が無数にあるんだろうな……。ちょうど、おれみたいな」
「わたしみたいなね」
顔を見合わせて笑った。輝かなくても、自ら光を放つことがなくても、確かに存在する星の1つ――それがわたしたち。それでいいじゃないかとミチルは思う。
手をつないだまま、加茂川から旧商店街のアーティスト村を抜け、カフェやミニシアターが並ぶ通りを歩く。
見慣れた通りだけれど、深夜のせいか、祭りのあとのせいなのか、懐かしさに似た甘酸っぱい気分が込み上げてくる。未知の世界にあこがれつつ怯えていた、中学時代のあの気分――。
がいなロードにも人影はなかった。中央の展望スペースに置かれたベンチに座って、ミチルは大河と線路を見下ろす。夜の線路には、昼間とは違う美しさがある。
大河とここでばったり出会ったのは、1年とちょっと前だった。オレンジ色の光の中にぼうっと立つ大河は、違う星から来た人のように頼りなく見えたっけ。
「今はどう? もう自分の駅になった?」
ミチルの問いに、「そうだなあ」と大河は答えた。「半分くらいは、なったかな。あとの半分はまあ、おいおいに」
「田所くんらしいね。わたしたちの関係もおいおいに、でいく?」
「いや、それは――」
大河の顔が近づいてきたとき、南口から歩いてくる男女が見えて、ミチルはさっと身を引いた。大河も気がついたようだ。
2人とも20代の後半くらいだろうか、恋人同士にしては距離があり、友だちにしては互いを意識しているように見える。
もちろん、それはミチルの直感でしかないけれども、がいなロードからまた1つ、不器用なストーリーが生まれるかもしれない。そんな予感があった。(完)
※この物語はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
「2033YONAGO STORY」は約1カ月半にわたる連載を終え、今回最終話を迎えました。ご愛読いただいた皆さまはもちろんのこと、ご支援いただいた協賛企業様にも感謝申し上げます。ありがとうございました。