【ぷらっとTOKYO】「竹橋」

関東大震災からの復興象徴

  •  背後の木々も美しい竹橋=東京都千代田区
  •  和気清麻呂の銅像=東京都千代田区
  •  雉子橋の親柱=東京都千代田区
  •  皇居・東御苑に続く平川橋=東京都千代田区
  •  ビルの影を映す皇居のお堀=東京都千代田区

 皇居のお堀に架かる竹橋(東京都千代田区)の周辺は、水と橋と木が織り成す都心の美景。平穏なその姿が、関東大震災からの復興によって形作られたことも、街の所々から見えてくる。(共同通信=松本泰樹)

 竹橋の名は、元々ここにあったのが、竹を編んだ橋だったことに由来するという。現在の鉄筋コンクリート造りのアーチ橋は、震災後の1926年に復興事業で架設され、93年に改修。水面に映る影が優しい曲線を描き、高欄の装飾は、緑色の竹がモチーフだ。

 高速道路の下を流れる日本橋川にも多くの橋が架かっている。一ツ橋の前身は、徳川家康が江戸に入った当時から存在したという。大きな丸木が1本架けられていたのが名前の起こりと伝わる。

 その300メートルほど上流にあるのが雉子橋。家康が朝鮮からの使節をもてなすため、この近くでキジを飼育していた。大きな親柱が、箱形の土台の上に日本家屋を載せたような面白い形をしている。どちらの橋も、関東大震災後に架け替えられた。

 竹橋に戻り、内堀通りを東へ進むと、皇居・東御苑に通じる平川橋の前に出る。緩やかに反った和風の木橋は、88年に架け替えられた。しばらく足を止めて見ていると、外国からの...

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