【ぷらっとTOKYO】勝海舟が暮らした坂の町 赤坂氷川神社の周辺

  •  勝海舟と坂本龍馬の師弟像=東京都港区
  •  赤坂サカスの一画にある「AKASAKA」のサイン
  •  勝海舟邸跡の標柱=東京都港区
  •  赤坂氷川神社の境内=東京都港区
  •  赤坂氷川神社のこま犬=東京都港区

 幕末から明治にかけて活躍した勝海舟(1823~99年)は死去するまでの約27年間、赤坂氷川神社(東京都港区赤坂)の近くに広い屋敷を構えていた。坂本龍馬との「師弟像」が立つ旧居跡や平安時代の鎮座と伝わる同神社などを見て歩き、土地の歴史を振り返った。

 東京メトロ千代田線を赤坂駅で下車。坂が多いことなどを理由に名付けられた複合施設「赤坂サカス」のきらびやかな空間を一巡りした後、マンションが立ち並ぶ中の旧居跡を目指す。

 赤坂駅から南へ5分ほど歩くと、区立特別養護老人ホームの敷地内に、腰をかけた姿勢で前を見据える海舟と腕組みをして立つ龍馬の像が並んでいた。龍馬は幕末に海舟を知り、師と仰いだ。

 その奥には、官職名にちなんだ勝安房邸跡の石碑が見える。説明板によると、屋敷跡は旧東京市に寄付されて小学校の敷地になり、現在は老人ホームと青少年施設になっている。なお海舟は赤坂の別の場所にも住んだことがあり、跡地のマンション横には「勝海舟邸跡」と書いた標柱が立っている。

 赤坂氷川神社は「勝海舟邸跡」のすぐ近く。氷川の名は島根県の斐伊川に由来し、この川の上流で八岐大蛇を退治したとされる素戔嗚尊などを祭っている...

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