【五輪評論】パリからパリ 五輪130年の回帰(3)の上

政策の手段、ボイコット 踏みにじった選手の意思「国家と五輪」

  •  人文字でレーニンの肖像などが描かれた1980年モスクワ五輪の開会式。ソ連のアフガニスタン侵攻に抗議し、日米など多くの西側諸国がボイコットした(ゲッティ=共同)
  •  1980年4月、モスクワ五輪ボイコット問題で日本の有力選手らが参加を求めた。涙ながらに訴えるレスリングの高田裕司(右)、柔道の山下泰裕=東京・岸記念体育会館
  •  坂上康博・一橋大名誉教授(提供写真)
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 「平和の祭典」をうたう五輪だが、常に安泰だったわけではない。テロによる虐殺、東西両陣営のボイコット応酬、ロシアの休戦決議無視などで揺れ動いてきた。ウクライナの戦火がやまない中で迎えるパリ大会を前に、...

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