2025年開催の大阪・関西万博に黄信号がともっている。開催まで2年もないというのに、海外パビリオンの建設が宙に浮いている。万博の関係者は「開催までに工事は間に合うのか」と相当な危機感を持っているという。
万博では海外から153カ国・地域が参加し、そのうち独自にパビリオンを建てる国が約50カ国ある。ところがパビリオンの建設には申請が必要だというのに、現在大阪市に届いた申請件数はゼロ。申請から実際の建設着手までには時間がかかり、そうなると会期までの日数はあまりない。関係者が焦るのも無理はない。
申請がゼロの理由は建設業界の事情だ。どの現場でも人手不足が激しく、おまけにロシア・ウクライナ情勢の影響で建設に必要な鉄鋼や木材の価格が高騰している。海外パビリオンだけではなく、政府出展の「日本館」の建設工事の入札も成立していない。大阪府の吉村知事も今年5月、岸田首相と面会して万博工事の現状を説明したと明かしている。
このままでは会期までにパビリオンの建設が間に合わず、お客は海外の珍しい展示物ではなく、「工事中」の看板や工事車両、作業員が働く姿を見学することになりかねない。その「見学料」はお一人様7500円なり。せっかくの万博がこれでは大失敗に終わるかもしれない。
パビリオンの建設が進まないといった厳しい現状を考えるなら、ここは思い切った決断も必要ではないか。さすがに中止とまではいかなくても、延期の判断を求められている潮時が来ているように思う。
私の好きな小説に『クライマーズ・ハイ』がある。ドラマや映画にもなったこの作品は1985年8月に発生した日航機墜落事故を取材する群馬県の地方紙を舞台にしたもので、クライマーズ・ハイとは登山者が興奮状態となり恐怖感がまひしてしまう状態のことをいう。大事故で興奮する記者たちと登山者が陥るクライマーズ・ハイの心理を重ね、人や組織が重大な判断を迫られたときの様子などを描いていた。
その作品の中で元登山家の老人がプロの登山家と素人の違いを語っているシーンがあった。「プロは危ないと判断すれば下山する勇気がある。素人は『ここまで来たのだから』と諦めがつかず事故に遭ってしまう」。この言葉は今も私の心に残っている。
人もだが、ときには国も自治体も大きな決断を迫られる。それが大プロジェクトであればあるほど決断は難しい。登山家でいえば国や大阪府市はプロなのか素人なのか。それが今、試されようとしている。
(近畿大学総合社会学部教授)