三浦しをん「墨のゆらめき」は、人のいいホテルマンの続力(つづき・ちから)と訳あり風の書道家遠田薫の友情を描く。「舟を編む」の辞書編集をはじめ、特定の仕事を物語の土台に据えて人間のドラマを描く三浦作品に、また一つ個性的な小説が加わった。
続はある夏の午後、遠田の自宅兼書道教室を訪れる。ホテルで催される会合の招待状に宛名を書くよう依頼するためだ。この時が初対面の2人は、居合わせた教室の生徒から手紙の代筆を頼まれる。続には思いもよらぬ展開だが、本人に成り代わって友達に宛てた文面を考え、遠田が生徒の筆跡をまねて便箋に書くことになった。30代の男同士、奇妙なコンビの誕生である。
穏やかな家庭で育ち、誰からも話しかけやすい雰囲気を持つ続は、一つの出来事をきっかけに遠田が抱える重い過去を知る。続の混乱する内面とともに、物語は結末へと向かう。
対照的な育ち方をした2人の人生が交錯する幾つかの場面が、この作品の読みどころだろう。さらに面白かったのは、続が次第に遠田の書に引き付けられ、長い歳月を生き抜いた漢詩に共鳴するようになる瞬間だ。
書について「筆を使って宇宙のすべてを紙に封印し、それらを紙のうえで...