前の回で紹介した短篇『リリー・マルレーン』の後を承け、今月も小池真理子の小説を読んでみようと思う。取り上げるのは、オール讀物の2011年10月号に発表された『ソナチネ』(文藝春秋刊の単行本や文春文庫の同名短編集に所収)。題名から想像されるように、ピアノ学習者になじみの深い曲が出てくるが、内容は大人の世界である。
ピアニストの宮本佐江は、資産家の有沢家に雇われ、11歳になる長女菜々子の専属教師を務めている。菜々子の父・征太郎が5年前に車の事故で亡くなり、同乗していた妻の琴美と菜々子もそれぞれ脊髄損傷、左足切断の重傷を負った。琴美は夫の残した事業を「時には悪辣に」切り盛りする一方、菜々子には専任の理学療法士、トレーナー、家庭教師、画家などをつけた。佐江に声が掛かったのは、教えに行っていた音楽学校の校長で遠縁にもあたる人物が、征太郎の大学の先輩という関係から。佐江が練習を見るようになって以来、菜々子は次第に腕を上げ、性格も明るくなった。
有沢家の別荘で開かれた盛大なパーティーと、その翌日に行われたホーム・コンサートが小説の舞台だ。征太郎ゆかりの関係者を招待したパーティーの日、佐江は果物ナイ...