誇り高き小兵 石浦10年の軌跡(中) オーストラリア留学が転機 挫折から相撲離れた時期も

  • 佐賀インターハイ団体で大将を務めた石浦(左)。初優勝が懸かる決勝で惜しくも敗れる=2007年8月、佐賀県玄海町体育館
  • 留学先で石浦に相撲熱をよみがえらせるきっかけをつくったフランチェスコ(右)=オーストラリアのゴールドコースト

 幕内と十両の往復を繰り返しながらも最高で西前頭5枚目まで番付を上げた石浦にとって、相撲は幼い頃から生活の一部だった。小中高時代にも全国を舞台に活躍していたが挫折も味わい、相撲に身が入らない時期もあった。

残り 912 文字
このページは会員限定コンテンツです。
会員登録すると続きをご覧いただけます。
無料会員に登録する
会員プランを見る
会員登録済みの方
この機能はプレミアム会員限定です。
クリップした記事でチェック!
あなただけのクリップした記事が作れます。
プレミアム会員に登録する ログインの方はこちら

トップニュース

同じカテゴリーの記事