【名作文学と音楽(16)】誘い、誘われ、音楽会

サガン『ブラームスはお好き』、清岡卓行『朝の悲しみ』、福永武彦『草の花』

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 ほんの少しだけ、倉橋由美子の『聖少女』(新潮文庫)に戻るので、しばらくお付き合いを願います――。

 主人公の少女未紀は日比谷の映画館にルイ・マルの映画『恋人たち』を見に行った。彼女がつけていたノートには「そのとき、ブラームスのクヮルテットのあいだから、ごく小さい苦痛の声がきこえました」と記されている。映画のテーマ曲はクヮルテット(四重奏曲)ではなくセクステット(六重奏曲)の第1番第2楽章だが、未紀はどちらかというとジャズ派だから、ブラームスにはそれほど詳しくなかったかもしれない。

 それはともかく、<苦痛の声>は映画の音声ではなく、隣の席にいる女子高生Mのものだった。細かい経緯は省くが、二人はそれがきっかけで口をきき、映画館を出て未紀の母が経営するコーヒー店へ一緒に行った。「プレイヤーでお皿をまわしにかかりながら、ブラームスハオ好キ? とあたしはサガンみたいに気どってたずねました」と未紀は書いている。いい場面だが、フランソワーズ・サガン(1935~2004)の『ブラームスはお好き』が朝吹登水子の訳で出たのは1960年、『恋人たち』の日本公開は1959年だから、彼女たちが公開の年に見たのだ...

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