作家、作詞作曲家、映像プロデューサーなど、いくつもの顔を持つ才人だった新井満(1946~2021)には、ウイリアム・コツウィンクルの『ジャンゴ・ラインハルトのブルース』にも姿を見せていた作曲家エリック・サティを主役に据えた小説が3作ある。
新井がサティの音楽に出会ったのは、ルイ・マル監督の映画『鬼火』(1963年)を通してだったという。不思議な魅力を持つピアノ曲「『グノシェンヌ』『ジムノペディ』がこの映画で使われていた。アルド・チッコリーによる第1回の全集が出たのも60年代で、1925年に世を去って以来半ば忘れられていたサティが、このころから再評価されだした。新井が<環境ビデオ>を着想したのも、サティの静寂で美しい音楽に触発されてのことだという。サティの曲は今、誰の耳にもなじみのある音楽となり、BGM、テレビCM、電話の保留音などとして、無意識のうちに聴かれている。
『オンフルールの少年』(1992年、マガジンハウス刊)は、サティがフランス・ノルマンディー地方の港町で過ごした子供時代に取材した短篇小説であり、著者自身がこの街を撮影した写真集でもある。サティはオンフルールで1866年に生...