オーストリアの文学賞に、前回取り上げた小説『ウィーンの辻音楽師』の著者名を冠した<フランツ・グリルパルツァー賞>というのがある。1972年にこの賞を受けたトーマス・ベルンハルト(1931~1989)は1982年、小説『ヴィトゲンシュタインの甥』を発表した。題名から自然に連想されるのは、フランスの思想家ドニ・ディドロ(1713~1784)が対話体で書いた小説『ラモーの甥』である。ヴィトゲンシュタインは20世紀を代表する哲学者の一人、ラモーは18世紀フランスの大音楽家。どちらの小説にも、いささか奇人めいた彼らの<甥>が描かれている。今月はこの2作を紹介することにして、まず『ラモーの甥』の方から話を始めたい。
多くの人は、ディドロの名を<百科全書の編集に関わった啓蒙思想家>として世界史の教科書で目にした記憶があるだろう。それだけの情報だと、何やらいかめしい本を書いた人物だと思われ、敬遠もされるに違いないが、岩波文庫の『ラモーの甥』(本田喜代治・平岡昇訳)は実に楽しい読み物だ。現在は品切れのようだが、もし手にする機会があったら目を通してみるようお勧めしたい。
敬意を込めて<大ラモー>と呼ばれ...