【名作文学と音楽(15)】ある年の夏、突然ジャズにとりつかれ

倉橋由美子『暗い旅』『聖少女』

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 倉橋由美子の小説をもう一回続けようと思う。読者は『シュンポシオン』(福武書店、1985年)に<女主人公聡子の祖母、入江晃元首相の事実上の妻>として現れた山田桂子を覚えているだろうか。倉橋文学には桂子を軸とする長篇の系列があり、テーマによって、また彼女の年齢や境遇によって作中に登場する音楽が変わるので、そこをざっと俯瞰してみたい。そして本稿の後半では、著者の初期作品に描かれたジャズについて書くことにする。

『夢の浮橋』(中央公論社、1971年)冒頭の桂子は、卒業と結婚を1年後に控えた大学生である。時代背景には学園紛争があり、機動隊導入やロックアウトといった言葉が所々に見える。音楽への言及は多くない。文化祭で学生バンドがボサノヴァを演奏したり、卒業式の謝恩会にダンスタイムがあったり(これも学生バンドの演奏で)というあたりが目につく程度。桂子の住む世界が、大学を中心とした比較的狭い範囲であることの反映でもあるだろう。そのほかには、桂子が毎日朝6時半から、バロック音楽の番組を聴いていたというくだりがある。当時NHK-FMで放送されていた「バロック音楽の楽しみ」のことだと思われる。

 続く『城の中...

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