仕事帰りの会社員が慌ただしく行き交う、JR仙台駅近くのビル街の路上。日暮れとともに「大分軒」と書かれた提灯(ちょうちん)に、ぽつんと明かりがともる。仙台市でたった一軒となった屋台を約60年にわたり営むのは、大分県臼杵市出身の内田菊治さん(89)だ。10人ほどが入る屋台からは、九州の甘めの醤油(しょうゆ)で味付けしたおでんの香りが漂う。「誰かにもたれかかって生きている」と話す内田さんは、客と支え合いながら歩んできた。北の街で愛され続ける小さな店を訪ね、創業時の苦労や東日本大震災の経験、遠く離れた古里への思いなどを聞いた。
▽歩道脇の提灯
道行く人が足を止め、気になるそぶりで歩道脇の屋台を眺める。のれんや戸板で囲まれ、外からは様子をうかがうことができない。恐る恐るのれんをくぐると、すでに7、8人の客でにぎわっていた。おでんの具材をよそっていた内田さんと目が合う。「はい、詰めて」。しゃきっとした声で内田さんが呼びかけ、1人分が座るスペースを空けてくれた。
隣の席になった見ず知らずの女性客が「最初のおでんの注文は3品。お酒は2種類、瓶ビールと日本酒ね」と、店のルールを親切に教えてくれる。
屋...