パソコンやスマホがあれば居ながらにしてできることが飛躍的に増えた。オンラインでライブやスポーツ、ゲームを楽しむことが日常になり、画面を通して視覚、聴覚が刺激される。没入感(イマーシブ)がキーワードだ。
一方、五感のうち嗅覚と味覚を遠隔地に届ける技術は、スマホを使うような手軽さには至っていない。開発が進んでいることは側聞するから、おいしそうな料理の画像で香りと味を体験できる日が来るかもしれないが、今はまだ人間の身体とリアルな感覚を信頼しよう。そんなことを思わせる本に目を留めた。
「自炊者になるための26週」(三浦哲哉著)は、トーストの焼き方、お米の炊き方に始まり、調味料、買い物などの基本中の基本から、自炊に必要な知識や楽しさに分け入っていく。著者が掲げるのが、風味の魅力である。「『風味』とは、味と一体になったにおいのことです。私たちがおいしいと感じるとき、においがきわめて重要な役割を果たしています」と冒頭にある。それを分かりやすくトーストで伝えるくだりにまず引き込まれた。
トースターの温度は250℃、パン自体に含まれる水分が蒸気になって中に充満し、外側はこげて苦みが出る手前まで焼く。「...